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行動経済学でコロナ禍を振り返る~大竹文雄『行動経済学の処方箋』

新型コロナウイルス感染症は,ワクチンや治療薬といった病気そのものへの対応という課題だけではなく,社会としてどのように感染症に向き合うか,一人ひとりの個人はどのように行動すべきか,そして政府は社会に向けてどのような介入を行い,あるいはどのようなメッセージを発するべきかという課題ももたらしました。

 

大竹文雄行動経済学の処方箋』では,有識者会議の構成員である大竹先生が行動経済学の観点から感染対策やコロナ禍における社会の動きについて解説をしています。

個人的におもしろかった点をかいつまんで紹介します。

www.chuko.co.jp

www.cas.go.jp

 

第1章は行動経済学でおなじみのバイアスとナッジについての解説です。

この章は内容が詰まっているので,なじみがない方は同じ大竹先生が岩波新書から出している『行動経済学の使い方』を先に一読することをおすすめします。バイアスとナッジ・経済社会での応用例・公共政策への応用例についてまとまっています。『使い方』の第2章では,名前のとおり,どのような場合にどの手法を使うのか(何がボトルネックになっていて,それに対してはどの種類のナッジによる対策が有効なのか)ということがまとめられており,公共政策の観点から一般教養的に行動経済学をかじってみたいというニーズに応える内容と思います。

www.iwanami.co.jp

 

第2章「行動経済学で考える感染対策」は,感染症対策における政府の活動についての理解を深めてくれます。個人的には,コロナ禍が遠い日のことになる前に見ておきたい,この本の一番の読みどころです。

例えば,新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の見解」で出された以下のメッセージが,行動経済学の観点からどのように説明されるか。

全国の若者の皆さんへのお願い

10代、20代、30代の皆さん。
若者世代は、新型コロナウイルス感染による重症化リスクは低いです。
でも、このウイルスの特徴のせいで、こうした症状の軽い人が、
重症化するリスクの高い人に感染を広めてしまう可能性があります。
皆さんが、人が集まる風通しが悪い場所を避けるだけで、
多くの人々の重症化を食い止め、命を救えます。

www.mhlw.go.jp

あるいは,自粛について「目標の70%が達成されています」「目標の30%が達成されていません」,どちらのほうが自粛を促すのに有効か。

当時の政府は,どのようなメッセージを発することによって行動変容を促そうと図っていたのか,ということを理解するための材料になると思います。

 

第3章・第4章は,コロナ禍における経済活動・テレワークについての分析です。

感染症においては,感染者数が指数関数的に増加することを直感的に理解することができないので,「70の法則」を使って直観的に理解しやすくすれば,行動変容を促す対策が速くできるんじゃないかという提案がされています。これもボトルネックを発見して対処するひとつの在り方かなと。

また,社会人になって1週間も経たないうちに緊急事態宣言→テレワークの日々を経験した身としては,同僚と一緒に働くことで暗黙知の共有などいい影響を受けて生産性が上がるという「ピア効果」についての記載に興味を惹かれました。コロナ禍をきっかけにテレワークの存在がデフォルトになっていくとすれば,それを前提にした職場のデザイン・交流の機会の確保が,人的資本の蓄積のための戦略として必要になっていくのではないでしょうか。

 

第5章は経済についての一般的なイメージを経済学の観点から論評します。社会的な動機で働く人もおり,それに応じた給料の設計があるという話は,本文でも触れられていますが,公務員の給与制度の議論にも参考になるトピックと思いました。

 

第6章は,人文社会科学がなぜどのように役に立つのかということを経済学の観点から論証し,「反事実的思考力」という観点から本を読むことの効用を紹介しています。

最後は神社やお寺が小さい頃に近所にあったということがソーシャルキャピタルの形成にそれぞれ与える影響の違いについての論文の紹介ですが,これはふつうにおもしろかったです笑

 

新書でありながら参考文献の紹介がしっかりなされているのも勉強のためにいいですね。

 

政府の対策に一区切りが付けられるタイミングで,振り返りとしていかがでしょうか。