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正木ほか『入門行政法』(有斐閣、2023年)

はじめに

「法令審査係をやっているけど法学的な問題らしきものに当たったときのとっかかりが分からない」、「タコ部屋に配属されたけど法律事項とか処分とか言われても分からない、何見たらいいの」、「とりあえず行政法を体系的に勉強したい」という声を聞くことがあります。

行政法の代表的な書籍で実務でもよく参照されるのは宇賀『行政法概説』全3巻だと思いますが、いきなりあれを全部読めというのは苦行ですし、忙しい社会人が限られた時間で勉強するには大変なのかなと思います。

 

玉木ほか『入門行政法』(有斐閣、2023年)は、本文274頁で行政法の全体をやさしく概観することができます。電車の中でも手軽に読めるくらいの内容なんじゃないかなと思います。

www.yuhikaku.co.jp

 

1.「第1編 行政法の基本原則・行政組織法の基礎」

行政法の存在理由」(第1章)、「法律による行政の原理」(第3章)、比例原則、平等原則や信義則といった「行政法の基本原則」(第4章)、「行政組織法の基礎」(第5章)について、その内容だけでなく意義(どうしてそんなことが必要なのか)も分かるように書かれています。

 

「第1章 行政法の存在理由」では、レストランにおける食品衛生を例に、行政による規制がどのような役割を果たしているのか、そして、なぜ行政活動を法的にコントロールする必要があるのか、ということについて述べられています。

行政法を学ぶ上での基本的な視座がここで示されており、問題意識を持ちながら読み進めていくのに資する記述だと思います。

 

「第2章 「行政」概念と行政活動のあり方」では規制にとどまらない行政の役割を示すとともに、その背景にある国家観や、NPMの時代を経た後の国家の役割の方向性として、「国家行政には社会保障やインフラ供給において守るべき最低限度の水準(ナショナル・ミニマム)を確保する役割が残されている」(pp10-11)という「保障国家論」が示されています。

行政法の勉強をしていると処分性の定式なんかが中心になって、契約・計画・補助金といった調達行政や誘導行政についてはオマケみたいな感じになりがちですが、それらの分野についても一つの視座から学ぶ契機を与えてくれます。

 

「第3章 法律による行政の原理」及び「第4章 行政法の基本原則」では、抽象的なトピックをその拠りどころや具体的な記述で説明されるとともに、憲法行政法の関係(p14)のような、学びの道しるべになるようなコラムもあります。

 

「第5章 行政組織法の基礎」では、行政主体が法人格を有すると言われるときっと誰もが日本史で習った「国家法人説」との関係への疑問がわくと思いますが、コラムで触れられています。

あと、実務で決裁の際に必須の概念である「専決」についても最後にちょろっと触れられているので、決裁に当たって一般に決裁規則や文書取扱規則と呼ばれるものの意義を理解するのに役立つと思います。

 

2.「第2編 行政過程論」

第1章から第3章にかけて行政行為(第1章)、行政基準及び行政計画(第2章)並びに行政契約及び行政指導(第3章)といった行政の行為形式が、ついで行政法の実現手法(第4章)、行政情報(第5章)及び行政法と私人の関係(第6章)について触れられています。

「第1章 行政行為」では、法律が要件と効果からなっていること、という基本的なところからそれぞれどのようなことが論じられるかを書かれています。

ここでも、例えば不利益処分における理由の提示の意義として挙げられる「不服申立ての便宜」については、「早い段階で不利益処分の理由を示すことで、争点を明確にし、名宛人と行政庁とで噛み合った議論を展開してほしいという訴訟経済上の意図が込められている」(pp55)といった形で、言葉の意義が分かるような説明がされています。

 

そのほかにも、限られたページ数でありながら、処分性の論点の難所である土地区画整理事業について図表を用いて解説している(p86)、要綱行政が活用されてきた歴史的な背景(コラム2-16宅地開発指導要綱、pp99-100)など、随所に学習への配慮が見られます。

 

ただ、情報が詰まっているだけあって一回読んだだけではなんのことやら、という箇所もあるかもしれませんが、2~3回読めば誰でも分かるのではないかと思います*1*2

 

3.「第3編 行政救済法」

(1)「第1章 行政救済法総論」と「第2章 行政訴訟法」

この箇所については、学習者のためのガイドが充実しており、この部分を読むことを通じて、教科書や判例のような法学的な文章を読むときの考え方を習得するのに必要な考え方が得られると思います。

例えば「第1章 行政救済法総論」では第2編の行政過程論との関係が触れられており、ここの解説を知った上で判例を読めば、行政過程論・行政救済法との関係でどういう位置付けの問題が論じられているのかということを意識しながら読むことができるようになると思います*3

 

ほかにも、

  • 抗告訴訟の類型について、「処分・裁決に対してどんな結論を求めているのか、どのような段階でどんな望みをかなえようとして訴訟を提起するのかによって区別されている」(p155)として、いろいろあって複雑な訴訟類型を見ていくための基本的な視座を最初に示している点、
  • 原告適格について「これらはかつての学説対立を知っていると、より理解が深まるので紹介したい」(p163)のように講義チックに記述の意義を示している点、
  • 仕組みが複雑な申請型義務付け訴訟について、「「2段ロケット型」の構造」として、条文の構造を意識しながら読むように差し向けているところ(p191)

など、読み手に向けてのガイドが充実しています。

 

(2)「第3章 行政上の不服申立て行政不服審査)」と「第4章 国家補償法」

「第3章 行政上の不服申立て行政不服審査)」については、総務省行政管理局で令和3年度に開催された「行政不服審査法の改善に向けた検討会」との関係で、制度の現在地を知るのに必要な情報が盛り込まれていると思います。

総務省|行政不服審査法の改善に向けた検討会|行政不服審査法の改善に向けた検討会

 

本書p225に掲載されている総務省行政不服審査法パンフレットは、「行政不服審査法の改善に向けた検討会最終報告書(令和4年1月)」において「行審法の審理手続の全体像を分かりやすく案内するパンフレット」を作成するとされた(最終報告書p32)ことを踏まえたものと思われますが、多様な主体が関わって複雑な行政不服審査について流れ図で解説されていてとても分かりやすいです。

総務省|行政不服審査法(行政管理局が所管する行政手続・行政不服申立てに関する法律等)|行政不服審査法の紹介

 

また、「コラム3-10付言の重要性」についても、「答申における付言については、行政運営の問題提起等の観点からなされるものであり、「行政の適正な運営を確保」することを目的とする行審法の趣旨を踏まえれば、付言の相手方である審査庁又は処分庁は、付言に対しては、適宜の方法により真摯に対応すべきであり、現に行政運営の改善につながった例もある」(最終報告書pp50-51)とされており、存在だけでも知っておくとよいのではないかと思います*4

 

「第4章 国家補償法」は国家賠償法などを扱っていますが、コラムが充実していて、具体的な問題や、理論的に難しい話(例えば相当補償説と完全補償説の関係を解説する「コラム3-21判例の整合的な理解」(pp268-269))についても議論が展開されています。令和の判例についても複数触れられており、一通りのトピックについて現在地を知るのに役立つと思います。

 

おわりに

本書は、行政法の全体像について、限られたページ数で学習者への配慮もありながらやさしく解説されており、社会人になってから行政法を学ぶ必要に駆られた方のための選択肢の一つになると思います。

また、本書の随所に示されている学び方のTipsみたいなものを咀嚼すれば、さらにほかの法学書を読むとなった際のための栄養になるのではないでしょうか。

就職してから行政法で苦しむひとを減らすため、本書を推していきたいです。

*1:法学の書籍は「「初見殺し」のトラップがいっぱい」であること、周回ゲーであること、書籍のタイプにいろいろあることについては横田『カフェパウゼで法学を』(弘文堂、2018年)「⑪インプットの心がけ―――<鳥の目>と<虫の目>を使い分ける」を参照すると、法学の書籍との付き合い方の参考になると思います。

*2:ただ、最判令和3年3月11日民集75巻3号418頁を紹介している箇所(pp75-76)はどのような点で委任命令が委任の範囲を超えたかの説明もなく、さすがに前提となる仕組みも難解なので、「ふーん」って読むしかない気がしますが。裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

*3:個人的には、これこそが法学を学ぶことの効用であると思います。どういうことかというと、問題状況を法的枠組みに基づいて分析して、どのような点でなぜ今話題にしていることが問題になっているのか、ということを検討することができるようになる、ということが法学を学ぶことの効用だと思っているからです。

*4:検討会を踏まえた論究ジュリスト38巻の特集「行政不服審査制度の見直し」でも、「対話の促進」という視座で付言の機能に注目するコメント(大橋洋一、pp147-148)や、「今後の行政不服審査会等の在り方を考えるうえでも大きな一歩といえよう」とのコメント(折橋洋介、pp158-159)がされており、今後の行審法の運用のために知っておくといいトピックであると思います。